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- 2011.03.04 Friday
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糸井先生と池田先生が2007年4月からはじめられた『明日の教室』が次回(12/18)で40回だそうだ。
http://susumu.exblog.jp/11667971/
おめでとうございまーす!
私も微力ながらお手伝いできたこと感謝です☆
毎月のように会を運営する大変さは私も重々承知している。
しかも、この会は著名な先生を全国からお招きし、“激安”の参加費で学べる。
お二人の努力に頭が下がる。
私も年間9回×3会場で計27回、お母さんとの勉強会「夢ゼミ」を開催して今年で7年目。
昨日の夢ゼミも急にこみ上げてきて思わず涙が…。
素敵なコメントもたくさんいただいた。
こういうものは、主催者が一番いろんな人とつながり、感じ、学べるから得なのだ☆
ああ、ありがとうございます。
河井寛次郎の生誕120周年記念「河井寛次郎〜生命の歓喜〜」展の映像のナレーションを野口芳宏先生がされるということをお知らせいただいて、急遽録音スタジオ見学のため南森町へ。
さすがの野口先生、“教材研究”もバッチリらしく、到着早々の打ち合わせで、解釈の仕方についての質問。
最初は固かったようだが、すぐに慣れておられた。
スタジオ内のマイクが拾う野口先生の声は、いつものように、しっとりと力強い。
土と格闘してきた河井寛次郎の代弁者にぴったりな気がした。
いくつかの録音を手短かに済まされた。
プロのナレーターでもあんなに短時間で読み切れないらしい。
素敵な場面に立ち会わせていただいた。
生誕120周年記念「河井寛次郎〜生命の歓喜〜」展
http://www.kanjiro.jp/information/120/
東京展:高島屋東京店 2010年12月27日(月)〜2011年1月17日(月)
大阪展:高島屋大阪店 2011年1月20日(木)〜1月31日(月)
京都展:高島屋京都店 2011年4月20日(水)〜5月5日(木・祝)
名古屋展:高島屋名古屋店 2011年5月19日(木)〜29日(日)

遊び疲れてソファーで寝込んでしまった息子を無理やり起こしお風呂へ。
週末恒例の父と息子の入浴。
もっと小さな頃は、ひょいと抱えてバスタブで温め、膝の上で頭も洗えた。寝たままお風呂を終えることは私の得意技であった。しかし何せ小2。25kgにもなった彼を同じように扱えることもできないので、もうろうとしたまま手を引きバスタブへ。
『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツが、リチャード・ギアをそうしたように、胸に息子を乗せ、静かな浴室内で息子の寝息を楽しんだ。
右手を彼の胸に乗せると、小さな心臓がきゅっきゅっと脈を打つ。
ああ、生きてるんだなぁってしみじみ思った。
顔のホクロを確かめ、
頬を合わせうぶ毛を感じ、
日焼けした腕や、まだまだちいさな男のシンボルを見ていたら、なぜだか涙が出てきた。
生きててくれてありがとうって、思った。
俺は、父親としてちゃんとしてやれてるかなって訊いてみて。
いや、まだまだだよね、って反省して。
まだまだがんばるわ、って言ってみて。
これからもよろしくな、って手を握って。
なんか、幸せな風呂だった。
昨年、ジュリア・ロバーツの『食べて・祈って・恋をして』の撮影がバリ島で行われていたとき、ちょうど私もバリにいた。ウブドが何やら騒然としていたっけ。
1990年『プリティ・ウーマン』から20年。早いなあ。

ところで、ウブドでは至る所で仏像を彫っている人がいる。
田園の広がるウブドにある家々では、水道(下水)・電気も日本のようにはいかない。
彼らの質素な住まいを見て、私たち日本のことを思い出していた。

何で冷蔵庫って必要なんだろう?
そんなに食べ物を冷やさないといけないのか?
なかなか買いに行けない訳ではなく、スーパーも近いじゃないか?
これ以上、冷蔵庫を大きくしなきゃいけない?
すぐ手の届くところに何でもあって、新鮮なままで保存できて…
彼らの生活の一部を垣間みて、冷蔵庫が人間のワガママの塊のように思えてきたのだ。
冷蔵庫もテレビもパソコンも、もしかしたらマイホームまで、そんな快適生活のための道具を揃えるために、汗水垂らして働き、モノを揃える。お父さんの給料もボーナスも、家や車や家電のローン返済に消えていく。
便利なものを手に入れるために働く。
何か、空しいな…ってウブドで思った。
「いつかは○○○○」などというCMのコピーがあった自動車のように、「何を?」と問うてきた一昔前。
「なぜ?」「何のため?」「どんな気持ち?」と問うべき今後。
モノとか、ステイタスとか、名誉とか、昔のような価値観で今の子どもたちを育てたくない。
学歴(学校歴)を手に入れるために、受験を“手段”と短絡的に割り切ってしまう親が悲しいかな、まだまだいる。
私たちが子どもたちに残すべきものは何だろう?
モノではない。
立ち向かうべき場で逃げないこと。創意工夫すること。そしてプロセスを楽しむこと。
これは、受験にも通じるのものがあると思う。
「偏差値」とか「志望校合格」という“モノ”ばかりに目がいかぬように、周りにいる大人がバランスをとるべきである。
子どもは往々にして、教師や保護者など、周りの大人の言動や価値観に影響を受けている。
あと、120日あまりの入試までの日々を充実させてほしい。
入試までのプロセスの充実度が、合格後の進学先での伸びを左右するからだ。
私はといえば、結婚以来16年使い続けている冷蔵庫が少しでも長持ちするよう、大切に使うことを肝に銘じておかねばならないな。
7月4日に講演です。
「中学受験で合格するには」とか、「算数の力をつけるためには」とかいう話を期待(イメージ)されている方も多いかもしれない。
ま、もちろん話の中には出す予定。
だが、それよりもっと伝えたいことがある。
子どもはもちろん、親までが「受験(合格)のその先」が見えていないことも多い。
夜の車のロービームのヘッドライトですぐ直前を照らしながらでもずっと先までいくことができるのと同様、「その先」が見えていなくても終えることができるのが「受験」。
今、注意しなければ、世の中の変化の仕方があまりにも速いため、ある意味「その先」を想像するのは、誰にとっても難しいことなのかもしれないということ。
だからこそ、受験生という、「今」の立場でどう学ぶか、どう成長するか、という心構え・姿勢を獲得することが最も大切なのである。
だから、「受験生」という立場をどう楽しむか、どう活用するかを考えられるようになることが、受験生としての正しい心構えができるということになる。
そんな、子どもや親にとっての「今」の受験のお話をさせて頂く予定。
ぜひ、参考になさってください。
多数のみなさまのご参加をお待ちしています。
詳しくは、 こちら をご覧ください。
昨夜のデンマーク戦観戦で、寝不足の人も多いのではないだろうか? 私も日本チームの勝利に狂喜乱舞する国民のひとりであるが、デンマークチームの素敵なお話を思い出した。2006年に出版された素敵な本をご紹介したい。 Twitterを眺めていて、ふと思い出したのだ。 『少年とストライカーと約束』(双葉社) 日韓ワールドカップで、和歌山県にキャンプをはったデンマークチーム。 彼らが来日したときのエピソードをまとめたのが本書。 「僕は小さいころに病気にかかって、口と耳が不自由です。耳は聴こえません。言葉は話せません。だけど、サッカーだけはずっと見てきました。大好きです。デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです。がんばってください」 とトマソン選手に紙切れを渡す少年。 「僕はこの大会で必ず1点獲ります。その姿を見た君が、これからの人生をがんばれるように、僕は祈ります。」と少年に約束するトマソン。 そんなふたりの心の交流が描かれている。 また、地元の方とデンマークチームとの交流。 「我々の強さは、練習を秘密にしたところで変わりません…。何よりキャンプ地を提供してくれた和歌山の人たちが喜んでくれることは、どんどんやるべきです。試合も大切だが、人々との交流も大事にしたい」 他チームのように「口に合わない」とクレームをつけるなど食事にナーバスになり、自国から食材を空輸させ調理するチームもある中、「一切をお任せします。そちらが用意してくれる料理をごちそうになります」 など、オルセン監督をはじめ、デンマークチームの素敵な様子が描かれている。 試合は決勝には進出するものの、ベッカム率いるイングランドに敗退。 和歌山で行われたお疲れさま会。席上で、トマソンが少年に、最後のメッセージを伝える。 「君には試練が与えられています。それは、神様が決めたことで、今からは変えられません」 「しかし、ゴールを決めるチャンスも必ず与えてくれるのです。君はそのチャンスを逃してはいけません。しっかりと、がむしゃらに、決めてください。前を向いて生きるという、かけがえのないゴールを」 残念ながら、アマゾンには新品はもうないようです。 この一戦で復活するといいですね。 『少年とストライカーと約束』(双葉社) きっと泣いちゃいますよ。 ググってみると、ネット上に内容が紹介されてます。 ご覧あれ☆
iPhoneなどのスマートフォンに乗り換えたり、iPadの購入を予定している人。Twitterもやっていたりするような人。
そして一方では、家ではパソコンがなかったり、Twitterはおろか、mixiなどのSNSも知らないような人。
後者の人は、仕事を終え家に帰ったら、新聞や本を読み、テレビを観て過ごしているのだろうか。ケータイでゲームぐらいはしているのかもしれない。
けど、それだけの情報で生きているのだろう。
デジタルディバイドがインフォメーションディバイドになる。また、ある意味コミュニケーションディバイドにもなるかもしれない。
そんな生活、今の私には考えられない。
決まった時間にテレビの前に座らなければ、番組が見られないような時代は終わった。
テレビは、レコーダーがキーワードや番組名を検索しながら録画してあり、観たい時に、観たいものを観る。テレビに自分のスケジュールを左右される必要はない。人によっては、番組をパソコンなどで持ち出せば、場所に縛られることもない。
メールやSNSでのコミュニケーションも、時間の制約はない。夜中にでも送ることができる(携帯メールは別だが)、受け取る側も処理する時間を自分で選べる。
iPadやiPhoneで電子書籍を利用すれば、重い本を持ち歩く必要はないし、いつでもどこでも本が読める。辞書にリンクしたり、サイトに飛べるので至極便利。
先日、塾で開催したお母さん向けの勉強会「ヴィーナス・カレッジ」で講師の加藤先生が教えてくださった「幸せの定義」に、新しいものに興味を持てる、ということも含まれていた。
「何、それ?教えて!」と言える人と、「私は要らない」「私には無理」と言う人。冒頭に挙げた人たちはこの区別で同じ結果に分けることができるかもしれない。
こんな変化の激しい時代だから、軽く腰を浮かせて、ほどほどについていっておかないと、“浦島太郎”状態になる。
しっかりと検討をくわえ、その上で「自分の選択」をしたいものだ。昨日は、京都橘大で『明日の教室』。
主宰されている、糸井先生、池田先生にお招きいただき、塾教師の立場としてお話しさせていただいた。
糸井先生がブログで書いてくださっているように、著作を出しているわけでもない“無名”な私を講師としてお招きくださったことは本当に感謝である。
全国から素敵な先生方をお招きされている『明日の教室』だ。歴々の講師の先生方の末席に加えていただけて嬉しい。
私も今まで何人もの方々をお招きしてきた。
塾内で企画を説明するとき、「誰それ?」状態ばかりなのである(笑)
だから、その抵抗感はよく知っている。
>明日の教室」に御登壇いただく講師の先生は、私と池田先生が、「この人の話を若い方に是非、聞かせたい」と思う方々なのである。
ですから、「この人は知らないなあ」という講師の先生の時は、実は、絶対、逃すべきではないのである。
先にも書いたように、他では話を聞く機会がないから、である。
と糸井先生が書いておられるが、全く同意、である。
参加してくださった方々はいつもより少なかったが、そんな中お越し下さった素敵な先生方。
私の話の中に、参考になることがあったら幸いだ。
http://susumu.exblog.jp/10798350/
糸井先生・池田先生ありがとうございました。
ご参加くださった皆様ありがとうございました。